なぜがFFカペラが近付いて来た


ファミリアと同じように端正な直線を基調にデザインされたブルーバード910型SSSは人気車でした。ライトシルバーメタリックとダークシルバーメタリックのツートーンカラーが大好きでしたが、この時MAZDAではカペラがフルモデルチェンジ。
それまでのFRからFFに大きく変わりました。
たしかに欧州車でもこのクラスの小型セダンはどんどんFF化していました。
それが世界の流れというか、きっと正い進化なんだろうと信じることにしてこちらも検討の対象に。まあ、その証拠にブルもコロナも次のモデルチェンジでFF化されました。

もちろん試乗しましたが、サス、ブレーキ、ハンドリング、乗り心地はファミリアよりさらに進化というかやはりひとクラス上の味付け。
性能的にはターボ無しのブルと同じレベルだけど、しなやかなブルに対しキビキビのカペラといった乗り味の違いははっきりしていました。
CMキャラもアランドロンだったからなぁ。きっとジュリーを上回る日本人キャラが見付らなかった?(笑)

https://www.youtube.com/watch?v=NeWIUWsvLFY

(そういえばファミリアロータリークーペのCMソングは若き布施明? そして大人になった布施明が今度はカペラのCMソングを?)

先代カペラあたりから空気抵抗係数と言うのが車のデザインの中に含まれ始めたのですが、角ばったブルよりも角を落としたカペラははるかに空気抵抗係数が小さかった。今でこそセダンで0.3を下回るものが作れますが、当時としてはセダン0.38、クーペ0.36はしっかりカタログでのセールスポイントに上げられていました。

ってことで、下取りもやや高い値が付いたし装備的にもパワステ、エアコン、パワーウインドウに加えて、ツーリングコンピューターなるギミック(これも当時の流行りもの)の付いたカペラ4ドア2000GT-Xセダン(まだ世の中はフェンダーミラーでした)になってしまいました。ここがこの後ず〜っとMAZDA車に乗ることになった最初の分岐点だったと思います。

カペラ2000GT−X
なんとブルと同じカラーのツートーン車があって、とうぜんこの色を。
FFの4ドアセダンなのでもちろん室内は広い。
ブルよりメーター回りやコックピットが簡素なのが寂しいけれど、欧州ではこのクラスに煌びやかなメーターパネルなんか要求されないんですね。その頃は知りませんでしたけど(笑)
ハンドリングはしっとりとやや重さを感じるけれど、5速マニュアルミッションとの組み合わせは悪くないと感じました。
ただ、FFのセダンというのをどうスポーティなドライブに当てはめればよいのか、当時のニャンコにはなかなか理解できませんでした。今でこそハイパワーエンジンを積んだFF車が成り立つのですが、当時はまだFFは安定志向のセッティングが中心。
それでもカペラはハンドル操作に対し挙動の遅れが無い素直なもの。
燃費も2000ccとしては上々の12〜14km/Lで、エンジンも絶対パワーはそれ程無くてもアクセルの動きに即反応するといった感覚的なスポーティさで味付けされた車だったと思います。

この時期でもMAZDAの細部には弱点があれこれ。
エアコンの水抜きの配管が悪くて助手席足元に水たまりが出来たり、ステンレスのモールの艶消し黒塗装がボロボロ剥げてきたり、カーエンブレムのメッキが割れ落ち、室内ファンの空気取り入れ口がらしょっちゅう小枝や枯葉などが入り、ファンにからんで異音がしたりと…。
MAZDAクォリティはまだまだ未熟でした。

さて、世の中はバブル時代に突入です
あのオイルショックの事などまるで無かった事かの如く、世の中は老いも若きも好景気。本質よりも金額が評価の全てだったという情け無い時代になりました。
若者が選ぶ車は最低でもハイソカーと呼ばれた2000cc 6気筒 。
BMW、BENZも320やC200では麻布、六本木ではモテナイ時代。
中身ではなく「いくら?」でランク付けされる軽薄な時代。

さて、カペラに3年強乗ったニャンコは…