同和鉱業小坂鉄道(後の小坂精練鉄道)には父の転勤で3歳になる前のニャンコGが小坂町から東京に。
その時はまだナローゲージの電気機関車に牽かれた小さな客車でした。
8歳の春。再度転勤で小坂町へ。
急行津軽で大館駅に。小坂鉄道の客車は国鉄と同じ軌道幅のディーゼルカーになっていました。
それから6年間。小坂生活の中でそのディーゼル気動車にはよくお世話になりました。
大館までの単線ですが、一駅だけ有人駅で列車交換が出来る所がありました。
勿論タブレット交換駅で、信号やポイントを切り替える手動のテコが並んでたし、信号は勿論腕木式。
駅らしい駅でした(*^^)v
現在は道路が大分集落を外れた所に通ったので、とんと目にする事はありませんでした。
先日何かの番組で、その駅の遺構が紹介されてたのを視たニャンコGは、十和田湖の帰りに寄り道してみました。
集落への道に入るとそれらしい様子になります
小坂町方向を見ています
構内には無蓋車がポツンと。もう動く事のない貨車が郷愁を‥
その先が長木川を渡り小坂町へと線路が延びています。
反対方向を眺めるとこんな感じ
向こうは大館です。こ線橋のない離れのホームには中央辺りにある階段で線路に降りて渡ります。
新聞なんかもこの駅に運ばれて来てました。
改札のあった駅舎を離れのホームから見ると‥
ニャンコGが暮らしていた時はもう少しクラシカルな駅舎だったかも。
滅多に途中の駅を利用しなかったので記憶が怪しい‥('◇')ゞ
どなたかがこの鉄道遺構を守ってくれているようです。m(_ _)m
中学2年の終わりに、また東京に転校することになったニャンコ少年は、やはり小坂鉄道のディーゼル気動車で町を去りました。悲しかったなぁ(T_T)
このホームに立って、少年時代を思い出したニャンコGでした(@^^)/~~~