ニャンコの汽車旅 1

男の子の例に外れる事無く、子供の頃から乗り物が好きでした。
祖母につれられて阿佐ヶ谷の親戚を訪ねる時の都電辺りから、その記憶が始まっています。
小学校に上がるか上がらないかの時ですが、祖母の友達の家を訪ねた茶色い京浜東北電車での埼玉へのお供は、子供心に大旅行の気分でした。

本格的な汽車旅行も、やはり祖母との親戚廻りのお供でした。
小学二年の夏休み。暑くなり始めた7月21日の晴れた朝、上野駅常磐線ホームでわくわくしながら列車が入線して来るのを待つニャンコがいました。
C型蒸気機関車が先頭に付いた客車急行「みちのく」です。乗ったのは前の方の車両だったと思います。
まずは叔父の暮らす仙台に向けて出発です。駅弁と汽車土瓶のお茶は必携で、それに冷凍みかんを買ってもらいましたが、初めて見る冷凍みかんに大感激♪ みかんがこんなに美味しいと感じた時はありませんでした(笑)
それにしても常磐線は、日立の辺りからトンネルが増え出し、おかげでトンネルを出たり入ったりの度に窓の開け閉めが大忙しでした。力強いドラフト音も良いのですが、あのトンネルでのもうもうとした煙の侵入にはびっくりしました(>_<)

仙台では仙石線の電車で松島に連れていってもらったり、広瀬川で釣りを教えてもらったりと数日を過ごした後、今度は叔父の家族といっしょに秋田の叔母のところまで連れていってもらいました。
その年に運転を開始したばかりの、仙台発北上線(当時は横黒線)・奥羽本線経由青森行き ディーゼル急行「あけぼの」でした。当時東京生活のニャンコの目には車窓からみえる奥羽山脈の緑がとても綺麗でした。
叔母のところで秋田市を中心にしばらく遊びながらも、少々ホームシックになって来た頃、やっと父が出張に合わせて迎えに寄ってくれました。

父と乗ったのは8月17日秋田発ディーゼル特急「つばさ」でした。キハ82系を一番先に覚えたのは、他のディーゼル気動車とは比較にならない気品を感じるデザインと、その乗り心地の快適さにすっかり魅せられてしまったからでしょう。
大きな窓と冷房のきいた静かな室内。その後の乱立した名ばかりの特急とは違い停車駅の少なさも、ああ、これが「特別急行」なんだなと子供心にも通じるものがありました。
食堂車にはこの車両がどの辺りを走っているのかが表示されていたと思います。
このさすがの最新鋭ディーゼル特急でも、米沢−福島間の板谷峠では電気機関車の補助が必要でした。そんなことをひとつひとつ体験しながらニャンコの汽車旅が始まったのでした。