収入ダウンと人との交際って…

net上の自分は仕事上の肩書きも収入も関係無く、H・N個人としてだけの存在でいられますが、PCを離れたら必ず現実の自分に戻らなくてはなりませんね。
現実世界で生活していくという事は、お金を持っているか、あるいは稼いで来ているかが前提です。
そこそこ収入のある仕事をしていた時は自分でもあまり考えなかった事がありました。
同年代の友人や従妹達のうちできちきちの生活をしていた人達の事です。
飲み会や外食、どこかに遊びに行く誘い等で、常に自分の金銭感覚を押し付けていた様に思います。
生活には困っていなくても、交際費や遊興費などは切り詰めてそれを生活費に廻していたのだろうなどとは考えなかったのです。そう無理も続きませんから、だんだんと交流が減っていきました。

数年前、長く務めた会社を辞める事になり、いざ外に出てはじめて、いままでそこそこいい生活をしていたんだと気が付きました。中高年の再就職はとても困難で、定年後の再就職先のような求人ですら正社員としての道は見付かりません。逆に、ビルの清掃の求人先では、あなたのような経歴でやって来た人にこの報酬でのこの仕事は無理でしょうと諭される始末でした。

結局仕事は見付からず、保険も終わって収入0円がしばらく続きました。ある時友人がアルバイトの話を紹介しくれて、半年ほど小さな版元(出版関係)の作業を在宅でしていました。
少ない額でしたが、退職金の残りを食潰しながら、たまに友人達と会って飲んだりしていましたが、少しずつ自分のおかれている状況というか立場が、友人達と違ってきているのも感じ始めたニャンコです。自分は社会のお荷物でしかないんだなぁ…なんて。

これから先どうなるんだろうかと思い、もはや東京での生活は全部捨てて、ひとりで秋田に帰ろうかとも考え、つてを頼って話を始めた時、アルバイトをしていた会社から、給料はとっても安くて悪いんだけど、営業業務の仕事を手伝ってくれませんかとの声をかけてもらいました。
そんな言葉を聞くのは何十年ぶりだったか。何十枚も提出した履歴書の返事の「残念ながら…」の文章ばかりを送りつけられていましたから。

一度覚悟して心に決めた秋田での人生ももちろん気持を過ぎりましたが、「これでよかったら(ここが後々またニャンコの人生観を変えてしまったのですが)うちで働いてもらえませんか?」の言葉に、ああまだ社会に相手にしてもらえたんだという嬉しさで「よろしくお願いします」となり、現在そこに務めています。

でも正直収入は前の三分の一以下です。生活費を切り詰めても手元に残るお金はだいぶ少ない額しかありません。
それで、仲間や友人との交際費はけっこう厳しく圧し掛かってきました。やっぱり回数を少なくするしかありませんね。予算の決まっていない飲み会は参加できないですし。
で、はっと気付きました。
ニャンコが昔気軽に飲み会や外食に誘った人たちの中にもきっとそういう人たちがいたんだろうなって。さあ2次会だ3次会だと調子にのって誘っても、行けない仲間もいたんだろうなって。付き合い悪いなといわれても金が無いとは言えずにまたなって帰って行って、その後来なくなった仲間もいたし。

そこそこお金に不自由してない人は、それに合わせて付き合うために駈足で付いてくる人の足元なんか見えないんだと初めて気が付いたニャンコでした。
なんと平和呆けしていたんだろうと脳天気さに唖然…。

若い時なら何でもありませんが、こういう年代になっての仲間や身内に、お金が無いからなんて言えないですもんね。何より自分が惨めでしょう。察してあげる事の出来なかった自分の未熟さを痛感した次第です。
ニャンコもプライベートでは自分の状況を知っている友人とだけ飲んでますが、そんな友人ですら時にはニャンコはセコイと洩らす事もあるようです。
彼と、もうひとりの同郷の友人はニャンコが求職が上手くいかない時も精神的にささえてくれましたし、そのもうひとりの友人は他の仲間の手前恥をかかないようにと経済的にも影で支えてくれもしました。
そんな友人でも、立替を頼まれた物の金額を言ってお金を受け取ったらセコイと言われてしまいました。大した金額ではなかったのにしっかり受け取ったって。
そんな気をまわす余裕は今のニャンコにはありませんでした。最初から立替ではなく買っといてと言われないと、余裕の無いニャンコは「ああ、ニャンコの懐状態を気にして、これはこれでちゃんと払うつもりなんだな」と理解してしまいます。以前のニャンコなら、最初から「お金はいいよ買っておくから」と言えたでしょうけれど。
「いつも世話になってるからこのくらいいいよ」という言葉がさっと出て来ないニャンコは、やっぱり普通の生活をしてる人から見ればセコイと言われるのだと認識しました。

無ければ無いように生活すればいいかなと思っていましたが、どうやらそれは自分だけの勝手な思い込みで、それまでの友人達には通用しないという事も身に染みたニャンコです。
自分の生活環境が変わったら、それなりに分相応な生き方を見つけなくてはいけないのですね。
見付からなかった人って、いったいどうなるんだろう…