所沢の先、小手指駅の操車場がある場所から少し西側に、小手指ヶ原という地名があります
この辺りは西武鉄道がでっかい操車場を作ったくらいですからニャンGが少年だった頃は茶畑と雑木林が拡がる広々とした場所でした
その茶畑の間の小道を乗り始めたばかりのバイクで訪れた事がありました
鎌倉幕府(北条執権政治)の終焉に繋がる戦いがあった古戦場ですが、高校生のニャンコはそんなことち~っともわかってませんでした(^^ゞ
当時住んでいた荻窪辺りから、ちょっとバイクで散策するのに良さそうな距離だったので(*^^)v
今日は暖かくなるとの予報でDioを引っ張り出して再度訪ねる事に
桜の花芽はさすがにまだ固くて小さい(笑)
荒川を越えびん沼を通り亀久保に抜けて新所沢、小手指陸橋と走りました
ホントになんにも無かった丘陵でしたが、現在は国道463号線所沢入間バイパスがドカ~ンと小手指ヶ原を分断して貫かれ、沿線には建物が建ち、南東の所沢方面には小手指駅周辺から背の高いマンション群が建ち並んでいます
は、さておき先ずはR463の交差点に着きます
はっきりと交差点に名前が残っていました
新田義貞公は自分が歴史を書き換えた戦場がこんな風になるとは想像もできなかったでしょうね(^^;)
この交差点の近くにその名の橋の名残があるそうです
昔は用水にかかってた小さな橋だったような‥
この近くの病院の所を入って、少し先で舗装してある元農道に入ると‥
古戦場跡の石碑です
昔は農道の茶畑の際に小っちゃく立っていて、なかなか見つけられずに何度も畑の中の農道を走り回った記憶があります(笑)
そして、この近くに旗を掲げた白旗塚が‥って、あの頃は周りが何にも無かったからすぐわかったのですが、現在は案内板が無いと??って感じでした
実際は古戦場碑の脇の細い道を入るとすぐなんですが、昔もこんな距離だったかな‥
一応広場があるのでクルマで入る事も可能かな?
簡単に上に登れますが
木が育ってしまって見晴らしは無いと言った方が良いかも
昔も木がありましたが、まるで低かったと思います
と言う事は、この大きく育った木々はあの頃ニャンコが見た時のきなんでしょうかね
('◇')ゞ
塚の南西側は少し開けたままでした
少し先まで歩いてみると
ん?
霞んでるけど、あれは
お~、富士山も見えていたんですね(*^^)v
秩父多摩の山の姿も望める原野だったのでしょうか
700年程前の小手指ヶ原ってどんなだったんだろうなぁと思いながらこの地に立っている自分と、700年前に戦いのためにこの地に立った武士の思いを比べてみたり
歴史は人ですよね
中高の授業だけではな~んにも分からなかったなぁ
などと愚にも付かない事を思ってのひととき(笑)
帰りは所沢市内を抜けるコース
もうビルだらけで全く情緒も無くなった商店街‥と思っていましたが
ん? ちょっと怪し気な呑屋街でしょうか
レトロっぽい看板にも魅かれます(^^;)
でもすぐ後ろには
やっぱりマンションだ
おや、写真のお方はこのお店の方みたいですね
(プライバシー‥ごめんなさい)
さてそのまま道は清瀬、東所沢方向に進みます
途中にあるのが
本店さんですね
今日はさすがに寄りません(笑)
この道は仕事してる頃によく通った道です
いつものバイク屋さんは休みでしたから素通り
で、以前何度か寄った事のある苺ハウスを思い出し立ち寄りで購入
そのまま荒川を越えてちょっと寄り道‥
どこの工場地帯?と思う様相にニャンGもびっくり
いやいやいや
荒川土手ですよね、やっぱり(荒川、好きなんでしょうかね)
浄水場を工事してるみたいです
それにしても土手が高くなったなぁ‥(^^;)
その土手も今月野焼きを実施すると表示されてます
土手際まで家が建ってるわけですから、土手の嵩上げも仕方ないでしょうが、野焼きの面積(高さ?)も増えますね(^^;)
そして帰宅
行って来て約60kmくらいの走行距離でした
あ、苺は
もういっこという種は甘い‥間違いなく甘い
かおりんと言う方は、甘いし酸味というか風味というか深みのある味わいで美味しい苺でした(*^^)v
また買いに行こうかな